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上神谷地区の皆さんはご存じであろうかと思いますが、泉北ニュータウン建設計画において埋没することとなった、泉田中の隣組にあたる「庭代(にわだい)」の「庭代集落記念碑」が庭代台派出所や庭代台中学校がある道路を渡った場所にひっそりと佇んでいます。

記念碑には、「旧泉北郡上神谷村大字田中字庭代は、多くの文化財と豊かな自然に囲まれた、戸数十九戸の静かな農業の集落でした。一九六三年(昭和三十八年)泉北ニュータウン建設計画が発表され、私たちの庭代集落が、造成工事により地中深く埋没することが明らかにされました。私たちは生まれ育った土地がなくなることについて、幾度も話合いを重ねました。そして最後にニュータウン建設事業の公共性に配慮し、全戸が庭代台一丁南地区に移転し、一九七五年、集落は造成工事により埋没しました。先祖代々私たちをはぐくみ育ててきた、庭代の自然と集落を偲び、先人の労苦に感謝し、歴史と伝統を伝えるために、ここに記念碑を建てるものです。」

この碑は、望郷の思いを託された有志各位に諮り建てられたものであると記されています。

隣組はなくなりましたが、何かしら関係は継続しています。

また、一時まで泉田中の地車は、庭代の方が住まわれる庭代台まで曳行しておりましたが、諸事情により現在は曳行されなくなりました。

こういった歴史があるということを、これからも後世に忘れず伝えていきたいものですね。