栂の西山城は、正平二年(1347)上神氏十一代の領主右京亮常儀が築き一族が豊田の東山城、小谷城とこの城に據って摂河泉に勢威を振った。
 ところが元亀二年(1572)、二十二代甚八郎政種のとき三好氏と戦い、遂に敗れて当地の長峯山で討死し三城とも陥落して一族が悉く離散した。その後遺民等が亡君供養のため城址に墓碑を建て、また城山講を営み累代領主の霊を祭って今日まで継続してきた。
 今日、泉北ニュータウン造成のため墓地の移転を余儀なくせられたので議員一同は、祖先の遺志を体し、この機会に墓地を整備すると共に新に上神領主累代碑を建て、いっそう供養を保存に努める事となった。

(栂山城跡案内板より)

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