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豊田の現だんじりは、昭和62年に新調入魂、昭和63年に完全完成された岸和田型地車です。
平成17年祭礼終了後、隆匠にて大改修を行い、翌18年9月入魂式を行いました。
新調時は、二重破風入母屋造りの大屋根でしたが、大改修で入母屋造りへと変更されました。
◎大工
 吉野為雄(吉為工務店)
◎彫師
 筒井一門
 木下頼定
≪彫物≫
■大屋根廻り≪軒唐破風、カチコミ垂木≫右左は正面より向かって
 鬼板=(正後)雲に抱き稲「豊」
 懸魚=(正)波濤に朝日 (後)波濤
 隅木=(四方)「豊」の文字 唐草模様地彫
 隅木受=(四方)籠宮
 飛檐垂木=「豊」の文字 唐草模様地彫
 車板=(正)龍 (後)雲
 小屋虹梁=(正後)両端菊花唐草地彫
 枡組=(七段)獅子・龍・こぶし・牡丹・菊・松・竹・梅
 隅出す=(右左前後)花鳥
 横槌=松・竹・梅
 枡合=(正)牛若・弁慶 五条大橋の出会い (右)義経八艘飛 (左)安宅の関 弁慶・義経徴打 (後)義経
 虹梁=(三方)波濤
 木鼻=唐獅子
■腰廻り
 勾欄合=(三方)波濤に千鳥
 縁板=(三方上下)花菱地彫
 縁隅木=(右左)「豊田」の文字 唐草模様地彫
 松良=(右)火渡り勧進帳 (左)勧進帳
 縁葛(富士の巻狩)=(正)頼朝本陣褒賞の場 (右)勢子等の活躍 (左)仁田四郎忠常猪退治
 大連子(賤ケ岳七本槍)=(正)加藤清正 (右)福島市松正則 拝郷五左衛門討取 (左)加藤孫六嘉明 浅井吉兵衛討取
 小連子(忠臣蔵)=(正)義士両国橋引き上げ (右)吉良邸討ち入り (左)清水一学吉良屋敷泉水架橋に奮戦す
 土呂幕=(正)木村重成 (右)真田幸村 (左)岡野左内、伊達政宗
 水板=(三方)波濤に千鳥
 松良受=(右左)こぶし
 脇障子竹ノ節=(右左)唐草模様地彫[上] 菊[下]
 脇障子兜桁=(右左)抱き稲「豊」 唐草模様地彫
 脇障子柱=(右左)紫檀材唐草模様イセゴミ
 脇障子受=(右左)こぶし
 犬勾欄=(前腰廻)唐草
■小屋根廻り≪軒唐破風、カチコミ垂木≫
 鬼板=雲に抱き稲「豊」
 懸魚=波濤に千鳥と浦島太郎
 隅木=(右左)「豊」の文字 唐草模様地彫
 隅木受=(右左)籠宮
 化粧垂木=「豊」の文字 唐草模様地彫
 車板=雲に鳥
 桁鼻=(右左)獏
 小屋虹梁=(右左)両端菊花唐草地彫
 枡組=(六段)獅子・龍・こぶし・牡丹・菊・松・竹・梅
 隅出す=(右左)花鳥
 横槌=松・竹・梅
 台輪=(三方)紫檀材唐草模様イセゴミ
■見送り廻り
 見送り虹梁=(正)夫婦岩 (右左)鳳凰
 大脇物見=(右左)獅子
 脇障子物見=(右左)牡丹
 大脇竹ノ節=(右左)うさぎ
 木鼻=(右左)牡丹
 大脇兜桁=(右左)抱き稲「豊」 唐草模様地彫
 摺り出し鼻=(右左)大坂夏の陣 (織差よりこぶし)
 枡合=(正)楠公父子 桜井駅の決別 (右)天莫空勾践 時非無笵蠡 児島高徳 (左)新田義貞、稲村ケ崎海神に祈る
 見送り=大坂夏の陣
 脇障子=大坂夏の陣
 大脇=大坂夏の陣
 天井=雲
 犬勾欄=(一対三方)唐草
■後腰廻り
 縁板=(三方)花菱地彫[上] 無地[下]
 縁隅木=(右左)「豊田」の文字 唐草模様地彫
 縁葛=(三方)牡丹に二匹の唐獅子
 後連子=(正面)小六との出会い (右)日吉丸誕生 (左)蜂須賀小六正勝
 半松良=(右左)松
 水板=(三方)波濤に千鳥
 幟台=牡丹

先代は、江戸時代末期から明治時代初期に新調されたと考えられている大阪型地車。信太山にあった野砲第四連隊が日露戦争勝利奉祝のためにだんじりを造り、三年間曳かれたあと、近隣の町に払い下げられ、それから泉南の方の町から大正10年頃購入しました。現だんじり新調に伴い、吉為工務店にて下取りされた。その後、兵庫県尼崎市新三和へ。

先々代は、大正初期に地車小屋が壊れ、野ざらしになったため自然消滅しました。